ベトナムでバイクを買う【前編】
公共交通が整備されていないベトナムでは、バイクが人々の足。新しいバイクを買うのは、まさに一大イベントです。日本で15年間の編集者生活を送った後、ベトナムに渡って起業した中安さんによるベトナムレポートです。
先日、バイクを買った。約12年ぶりの買い替えである。
ホーチミンシティでの生活において、バイクは生活必需品だ。私は「歳をとってバイクに乗れなくなること」=「1人でトイレにいけなくなること」くらいに感じている。その重要度は日本における自家用車とは比べ物にならない。
だからバイクの購入は、家族にとって一大事業である。今回、我々一家が、どういう基準でバイクを選び、どうやって購入したかを紹介したい。
ベトナムではバイクがよく故障する
バイクを選ぶ際に最優先の条件だったのが「よく売れているバイクであること」だ。「売れているバイク=良いバイク」というのは当然だが、ベトナムでは少し事情が異なる。ベトナムではバイクを修理する頻度が、日本に比べて相当に高いからだ。
大雨が降ると、道路はしばしば冠水する。水がマフラーよりも高くなると、エンジンは止まってしまう。路上で釘を拾ってパンクすることも多い。こういうときに、売れているバイクであれば対応が楽だ。修理をする人も慣れているし、部品の交換が必要なときも手に入りやすい。
我が家では妻もバイクを持っている。イタリア製のベスパだ。デザインが可愛らしいので女性に人気だが、故障したときには厄介である。
路上の修理屋さんはもちろん、ちゃんとした店舗を構えている修理屋でも対応できないことがあった。そうなると、ベスパの正規代理店まで持ち込む必要がある。それに苦労させられているので、「新しいバイクを買う時は、修理しやすいバイク」というのが、私にとっては大前提だった。
2番目の条件は「シート下の荷物の収納庫が大きいこと」。ベトナムでは、バイクで走っている最中にひったくりに遭うことがある。実は以前、妻の財布などが入ったカバンが被害にあった。その時、運転をしていたのは私で、カバンは私と妻の体の間にあった。
それを後ろからやってきた2人乗りのバイクが、追い抜きざまに奪い去ったのだ。敵ながらあっぱれというか、見事な手腕である。そういうことのないよう、貴重品の入ったカバンはシート下の収納庫に入れるようにしている。

雨季には、このように道路が冠水するのは日常茶飯事だ。水深が私の腰を超えた経験も何度かある。ホーチミンシティの雨季は、大体5月から10月の半年間【撮影/中安昭人】

【撮影/中安昭人】
シート下の収納庫は大きくなくてはならない
シート下の収納庫にこだわる理由はもう1つある。我が家にとってバイクはファミリーカーだ。妻と娘を連れて外出するときには、バイクに3人乗りである。
スーパーの駐輪場などに停めるときは、ヘルメットを収納庫に入れる。今まで乗っていたバイクでは、頑張ってもヘルメットが2つしか入らない。私のヘルメットは外だ。
それで盗難にあったことはないが、困るのが雨である。お店に入ったときは晴れていたのに、買い物中に雨が降り出してしまい、駐輪場に戻ったら、私のヘルメットが満々と水をたたえたバケツになっていた、という悲しい経験を何度もしている。だから「ヘルメットが3つ入る収納庫」は私にとっては重要なポイントだった。
「シート下に大きな収納庫がある」のは、オートマティックギアのバイクである。価格はミッションギアのバイクのほうが安い。例えばホンダのウェイブアルファ(Wave α)というギア付きバイクの価格は1779万ドン(約8万6000円)~だ。しかしこのタイプだとシート下の収納庫には、ヘルメットが1つしか入らない。
オートマティック車になると、ホンダの中でいちばん安いヴィジョン(Vision)で2999万ドン(約14万6000円)〜と2倍近くに跳ね上がる。私は、日本にいたとき中型のオフロードバイクに乗っていたこともあり、スクーターよりギア付きバイクのほうが好きだ。しかし収納庫の大きさを考えると、ギア付きバイクという選択肢はあり得なかった。
月給の20倍のバイクが売れる不思議
3番目は「ステップがフラットであること」。バイクの大切な目的の一つは「荷物の運搬」である。共稼ぎである我々夫婦は、週末、スーパーに行ってまとめて買い物をすることが多い。そのためには、ハンドルと座席の間のステップは物が積みやすい、つまりフラットであることが必須となる。
4番目は「明るい色であること」だ。理由は視認性を高めるためである。街路灯が少なく、無灯火で走るバイクが多いベトナムでは、「ぶつけられないように」という自衛努力が欠かせない。そのためには夜間でも目立つ色にしたかった。具体的には白色か銀色である。
それらの条件を考慮して、最終的に選んだのは、ホンダのリード(125CCタイプ)という車種だった。色はシルバー。日本でも販売されており、ホンダのウェブサイトによると、希望小売価格は29万3760円。ベトナムでの小売価格は、3749万ドン(約17万9000円)だった。
リードが魅力だったのは、収納庫が大きいこと。前述したヴィジョンだと、頑張ってもヘルメットは2つしか入らないが、リードは余裕で3つ入る。リードはヴィジョンよりも700万ドン(約3万4000円)ほど高いが、「ヘルメットが3つ入る収納庫」という条件を満たすためには必要な投資と割り切った。
値段を見るとリードは、中間くらいの位置付けだ。高級バイクとして人気のホンダSHは125CCタイプで6699万ドン(約31万9000円)、150CCタイプだと8099万ドン(約38万6000円)にもなる。統計上の平均月収が2万円少々のこの国で、2年分の年収に近いバイクが売れているのは、いつ見ても不思議でならない。

これ程度の荷物を運ぶバイクを見かけることは、まったく珍しくない。ベトナムの荷物を運ぶバイクの写真ばかりを集めた『Bikes of Burden』という写真集があり、日本でも『それ行け!! 珍バイク』という書名で出版されている【撮影/中安昭人】

【撮影/中安昭人】
国民の2人に1人はバイクを保有
ここで簡単にベトナムのバイク事情について触れておこう。
ベトナムには何台のバイクがあるか。ベトナムの交通運輸省が2017年に発表した数字では約4500万台となっている。人口が約9200万人だから、2人に1台はバイクを所有していることになる。
都市部になると保有率はさらに上がる。ベトナム国内最大の都市であるホーチミンシティは、人口が約800万人なのに対し、登録されているバイクの数は740万台を超えるという。休眠状態のバイクもあるだろうが、ほぼ1人1台に近い。例えば我が家は義母、私たち夫婦、12歳の娘、義弟の5人が住んでいて、バイクは3台ある。
ホンダはベトナムのバイク市場で70%という圧倒的なシェアを持つ。ホーチミンシティでは「ホンダ」がバイクを意味する一般名詞として使われているのは、日本でもよく取り上げられるので、ご存知の方も多いだろう。
「キミのホンダは、どこの会社製?」「僕のホンダはヤマハ製だ」という、笑い話のような会話も交わされている。
店頭に「Sua Xe Honda」(ホンダ修理)と看板が出ていれば、それは「バイク修理屋」のこと。もちろんホンダ車以外でも修理してくれる。不名誉な使われ方をしている例もあり、「ホンダガール(Honda Girl)」と言えば、バイクに乗って街を流している売春婦である。
ベトナムのバイク市場のシェア第2位はヤマハ。スズキとカワサキも現地法人がある。
実は3人乗りは交通違反
ホーチミンシティを訪れた人は、当地の「名物」である4人乗り、5人乗りのバイクを見て目を丸くされる。よく「あれは違反じゃないんですか?」という質問をいただく。違反である。
バイクは2人乗りまでだ。3人乗りが許されるのは14歳未満の子どもの場合に限られる。ただし運用はかなり柔軟だ。
大人2人と、明らかに14歳を超えていそうな子どもが乗っている3人乗りのバイクや、大人2人に子ども2人の4人乗りしたバイクが、何も言われずに交通警察の前に止まっている様子もよく見かける。
「3人乗りができる子どもは14歳未満に限定」という交通法規が厳密に運用されたら、市民の多くは生活に支障をきたしてしまうから、大目に見ているのだろう。
運転免許が取得できるのは二輪車も自動車も18歳から。ただし免許が要らない50CC未満の二輪車は16歳以上であれば運転できる。日本の国際免許は通用しないが、外国人でもベトナム国内用運転免許の取得は可能だ。
閑話休題。さあ、購入すべきバイクは決まった。次はどうやって購入するか、だ。

我が家の近所から市内中心部に向かう道路は、毎朝、このような渋滞が繰り返されている【撮影/中安昭人】
(文・撮影/中安昭人)
筆者紹介:中安昭人(なかやす・あきひと)
1964年大阪生まれ。日本での約15年の編集者生活を経て「ベトナムスケッチ」(現地の日本語フリーペーパー)の編集長として招かれ、2002年7月にベトナムへ移住。その後独立し、出版および広告業を行なう「オリザベトナム」を設立。 2000年に結婚したベトナム人妻との間に娘が1人おり、ベトナム移住以来、ホーチミン市の下町の路地裏にある妻の実家に居候中。
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